多田正美「子ども集団即興公演ワークショップ」Tada Masami: Group Improvisation Performance Workshop for Children


2026年8月30日(日)14:30-15:30頃

会場

信濃公堂(信濃木崎夏期大学)
参加費 祝儀(ドネーション)

ワークショップお申し込み(当日参加もできますが予約優先になります)
E-mail : primitivesenseart@gmail.com

子どもと集団は相対しているところがあるのですが、これはその一歩先の新しい事を示している。それが原始感覚の大元にあるもので、子どもたちにそれをやってもらいます。音楽というジャンルの枠から解き放たれる子どもたち、即興公演という形でそれを見せてしまう真剣勝負なのです。これは実験とか試みとかではありません。・・

ここまでの経緯です ●2016年大分県立美術館が新しくなる時に呼ばれて、子どもたちに竹を使った音ワークショップ即興をした、即興は教育に必要ない? ●2011年岡本太郎美術館での音・体験教場は記録が残っている。●2000年オランダ、アイントホーヘンのプライマリー小学校芸術週間に子どもたちに言葉と即興演奏「手のない鳥」を、細竹のカラカラする響きと音具は子どもらには初めて、キヤッキャほんとに面白がっていた、職員室は世界中からの先生の開放感を嫌と言うほど、日本との違いを感じた。●1999年品川O美術館でこどものための音のワークショップは、天野一夫さんが文章と冊子で残されている。●1991年月刊「教育音楽」8月号に写真家木下晃氏が、下高井戸倉庫ギャラリーでの個展を、写真と文で掲載している。即興と音具のこと、しかし何故その時期だったのかは、35年過ぎてAIに問うたら、意外にも当時何が起きていたのか、なぜ教育現場に「即興」や「音具」が必要だったのかの資料をどう読み解くのでしょうか●1975年神田美学校 小杉武久音楽教場で即興演奏が開かれた場であるものとして始まった。そのあと直ぐに自宅で「カタカタ音楽教場」として子どもたちに即興演奏塾を始めていたら●1979年工作舎「遊」の月例会でカタカタ報告会をした記録は大人向け。尚美音楽院の子ども即興グループと徹夜のジョイントもその頃。カタカタの子どもたちと根丸島縄文遺跡発掘の現場での即興コンサート、子どもたちとの報告が全紙大の壁新聞で残っている。
◾️2026年に、信濃国原始感覚美術祭の場で、子どもたちに即興演奏を。今こそ即興演奏が必要ではないかと思うのです、同時にできるのは5~7人くらいを考えています。具体的なことは次回。これへの参加を募集します(60分)。子どもがこれを読んだりしないので、周りの子どもに知らせて下さい。つまり面白がるだけではない、感性文化に触れる場です。言葉以前なものとしての経験を。

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●ここで、どうして子どもたちによる即興演奏をやってもらおうと思ったのか?

突然思いついたのではなくて、1971年に作曲を学び始めることになった。その環境は新しいと言うかユニークな3年間。そもそもピアノは独学でやっていた(どう体を整えるか) 問題は何もなく、現代音楽の世界に直ぐに触れることになり音・感性文化とは、「新しさ」とは何か、そこは子どもの頃からの感覚を磨く続きがあった環境、全く違和感がなかった。ある日、ガーナの太鼓の音を採譜したものをK.S氏と向かい合わせで叩き始めたら、どこか突然遠い所へトリップして相手との境目が消えてしまった。上手く出来たとかを完全に超えて、自分が音そのものになったような原初感をそのセッションで体得した。アフリカの楽器は無いからその辺のガラクタで、それは原始感覚アートの基本にあるのかも知れない。

ここで、子どもたちにどうやるのかなど、教えるとかではそこを超えられない、共にその環境に出合わせて即興(遊び)することから。今 この時代までに得られた即興的な方法「音遊び」を体験させること。「音/呼吸」でも「無音/沈黙」でも、それらには境目が無くて、それをライヴで子供たちを誘うように? 面白く見せる、自然に、勝手に始めるはず、そのままにならないように同時に抑えもしつつ、僅かな変化を見せつつ進む。

子どもたちは、面白いかつまらないかの、どちらかです。

子どもたちにそれが分かるのか? 🟰 私が最初にドボルザークの「新世界」を子どもの頃、ステレオ蓄音機で聴いていたら、父親が「お前にこれが分かるのか?」と言われて、分かりますと答えた子どもなどいないと思ったけれど。もう父親の歳を越えたのですが、当時と何も変わってない。鮮明に鳴り響く音と「場」の記憶。何が分かるのだろう忘れたことはない。

深く考え直しても、子どもとの「変わらないもの」対話は必要だと思うのです。

実は子どもも大人も、感じたことをトコトン話をもっとしておきたかった。同じ曲でもどれも違う解釈だったりするは、子どもにも通じる筈。即興演奏が上手く出来上がったパターンが型になって、きれいに繋げても、何も新しくないのです。

即興演奏が、誰でも出来るものとは限らない。個性的過ぎるで終わらせたくないのです、ヨーゼフ・ボイス(1921-1986)がそうだったようにです。1960年代末タージマハール旅行団が最初自由参加で始まって2年ほどで海外に出て行ったら伝説になってしまう。しかし直ぐ自然消滅してしまう、無名性の展開の元祖でネオ・アマチュアリズムの素晴らしさ。実際その中にいると集団なのにそれぞれの個性でオリジンがあり、そこから風が吹き音の渦に見えたり、当時そのようなものは全く無い時代、民俗音楽も少し紹介され始めた時期での日本から集団即興演奏。ヴァイオリンの旋律が聞こえて来るとその渦が大きくなって見えた。それに真逆なのが1975年、美学校小杉武久音楽教場イーストバイオニックシンフォニアの10人が出した即興の音で、絶対に出ては来ない体の中から、それがポロっと飛び出て来た。無意識が音で「魂」のようなものがそれで私には、懐かしく ”新しい” とそれを言ってしまった。美学校に「教えられない」と但し書きがあったのはやっと分かったりした。どうにも何をそこで学んだのか「言葉以前」。その素晴らしい不完全さ、20年経ってからのマージナルコンソート即興演奏が現在も続いている。日本では相変わらず即興演奏の知名度が低いのですが、何だか分からない素晴らしさは、海外ではこの時代に失われた伝説として受け止められている。この原初的で今も消費されてはいない新しい行為が、日本の古い「美」の形とかより遥か以前の、太古の原始感覚アートに通じて元々有るものなのかも知れないものかも。考えの違いはどこに行ってもあります。「分からない」は、明治以降の日本人が言葉に呪縛されてしまったからなのかも知れず、海外に出ると言葉で無いものを若者が求めている場に出会う。即興演奏は、つまり言葉の呪縛を解き放ってくれるものになるものではないかと、原始感覚アートでの子どもたちには「音・遊び」が切っ掛けで、その面白さに気づく場になったらいい。新鮮さ不完全でも何でも、この時代にやったらいいと。

時代とは皮肉にもそういう事が良く起きている。その時代の中で有名になることもあるのですが、それが本当に本物かは時代が変わらないと分からないことも良くある。55年の間に様々なイベントと出会いを見て不完全も完全も、とにかく大先輩たちを見ていてやらなければとおもう。アマチュアもプロも、どちらが本物か、千年先に残って繋がっていたらの願い。

そうしてもう一度。古い伝統芸能/祭りなど見ると言葉以前で無名性、「力」とかでないものが実は殆どです。この40年くらい前に観た古い芸能を見て比べて、全く同じではないことに気づいた人はいるでしょうか? 世襲制で千年以上続いている「西浦の田楽」の三代前の当主の映像を撮ったけれど、今とは微妙に違う。何を根拠にと言われるかもですが、音に関して間と拍の取り方とかが同じではないです。どこで変わったのかですが、その前のことは知らない。おそらく千年前は、肝心なこととは、常に毎回新しい事に向けていたと言う事ではと思い当たります。

出来るだけ本当/本物に、出来るだけ近づいて触れる。即興演奏は切っ掛けなのです、同じではないは、それで同じだと言う事の解説は難しい。しかしです、私の相模地方のお囃子は基本は一つ、全部同じなのにどのグループも皆違う。実は完成されてないと云うこと。譜面を採譜は不完全でしかない。どう云うことか。いつもこうすると良いを常に続けている伝統。素晴らしいと思うけど。現代の即興演奏、子どもたちは「デタラメ」演奏だと笑って楽しそうを見て来てるから、それでいい。

それをここで子どもの究極なる「遊び」でやりましょう。そこは何も無いような「場」です。超・子どもが一人いる中で、これはやってもいいんだと・・、危うい「その向こう」には行かないようにして注意してる、子どもたちを前に出してやってくれるだろうか。


●新しいことは、いつの時代でもどうしても必要で、長い歴史の中でもいつも新しくして来たのです。誰でも出来るようにのそのアイデアはいつも少数の人たちの手によって行われていて、どこかアマチュアとプロが見てその「純度」が、その重さを計りに乗せられている気がするけれど、常に変わらず身を清めて、新しくそこに向かっては、積み上げ続け行って欲しい。カミのことは原始感覚アートでは、何も無い無限のことで、その狭間にこそ意味が新たに生ずると考えるのだと思っています。

楽譜があって、指示通りを正確に音に出せても(それは最小限のことだけ)、それが人を喜ばせたり売れたりしかし、本来はその根源のカタチがどうして出来たのか、遊びではなかった筈です。世界は小さいほど大きな世界でもあって、その力とかではない「音」波動が切っ掛けだったりの至高さ、極めることが祈りのかたちにも重なっている。それらに究極があり、つまり何の意味にもならない即興の演奏が切っ掛けで、子どもたちが新たに目立つように、しっかり足が地を踏みしめられて行かれるように、その延長線に自信となるような即興演奏(真剣に遊ぶ)を身につけてくれたとしたら、それはこの中のどこの部分か分からないのですが、それを伝えられるようにしたものが、この信濃国原始感覚即興演奏の場です。何でもない「場と空間」に遊ぶ難しさ、不完全で申し訳ないのですが、どうぞよろしく願います。

●参加の子どもたちは何も持参しなくていいです、軽い服装で。

先ず、何をそれでどうするのか、何が用意されたのか想像してもらうこと。そこからは、何が起きるのかしたいのかは、子どもたちにです、1人なのか? 何人かでか?  どうやってするのか、順番を決めたりもある。それぞれ子どもたちがつくる状態(響き)に、流れを(時間を) つけて形になって消えて、また造る、そこから出てまた戻って来る。言葉以前のかたち面白さ経験・・「面白かったぁ」と子どもたちが受け止めてくれたら良い。


●以下、こちらが用意する最小限の素材です。当日まで一部変わる可能性あり。

1 細竹多数を何本かづつロープで結んである

2 バラバラな細竹 

3  輪ゴムとピアノ線 (増幅)

4  枯れ枝 

5  丸石 

6  瓶の中の水 (増幅) 

7  ホワイトノイズ(増幅) 

8  鉄琴 

9  ステンレスボール  

10 革太鼓 

11 ハーモニカ

12 笛



多田正美


Masami Tada

1953 神奈川県 伊勢原市に生まれる
1973 昭和音楽短大専攻科 作曲科卒業
1974 「GAP」第一回作品発表会、四谷上智大学講堂 (GAP~1979年)
1975 美学校・小杉武久音楽教場に参加 ~76年
1977 GAPコンサート構造-法シリーズIV 伊勢原小学校講堂にて、神奈川
1980~85 ピアノ製作に携わりつつ、三遠州の田遊び系の芸能を記録する、静岡浜松
1986 「’70年代/環境/即興/音楽/その無名性の展開」双ギャラリー、東京「音・音楽と健康」に参加 草月ホール、東京
1987 土方巽追悼公演「病める舞姫」8/28石井満隆の音にライヴ参加「樹との対話365日」個展 、双ギャラリー、以後毎年連続して2019年至る、東京
1993 「三つの拮抗する耳」多田正美+伊藤誠+山田恵子新木場SOKOギャラリー、東京
1994 Sound Encounter ヨーロッパツアー CD「音」HET APOLLHUIS,Holland “Ku” Installatie. (Eindhoven、デッセルドルフ/Malkasten,ミュンヘン/Akademie Munchen,オーストリア/Kunstforum Troadkatn)
1996 森村泰昌「ギ・装置M」映画の音制作 横浜美術館、神奈川
「真面目なサーカス」多田正美+伊藤誠 双ギャラリー/DVD
1998 灰神楽〈地球との対話〉共創プロジェクト公演/ 音 出演、マインツ市 ドイツライブ・パフォーマンス(ジェンダー集会へ) 森村泰昌+多田正美 新宿紀伊国屋ホール、東京ライブ公演「河内音頭で美術をKILL」森村泰昌+多田正美、京都国立近代美術館/DVD「テクノテラピー」メイン会場音楽制作、及び舞台Live公演、大阪市中之島公会堂/DVD
1999 グループ展「時代の体温」作品&パフォーマンス、世田谷美術館、東京
佐賀町エキジビットスペース個展105、「インスタレーション/ビデオ/写真/Live音」文化庁在外芸術家派遣員としてオランダに一年間滞在 (写真&コンテンポラリー作家)
2000 子供の為のワークショップ「手のない鳥」レジェラーン小学校にて、オランダペニングス・ギャラリー写真個展〈樹365日365枚〉、アイントホーヘン、オランダSound Encounter “Castle of Imagination”参加 グダニスク、ポーランド
2001 「馬へのオマージュ」展へ作品(95点)と装置、東京都写真美術館、東京+神戸
2003 「写即音興」個展 京都造形芸術大学、京都
2004 「過去は未来からやってくる」Live個展 アート・カウンシル・ギャラリー、Nepal.「過去は未来からやってくる」個展 Yoshiko Matsumoto Gallery、アムステルダム
2006 「Art Full Nepal」個展、日本・ネパール国交樹立50周年記念事業/ 写真展及び旧王宮にてのライヴ (ネパール大使館後援、日本大使館後援、国際交流基金後援) 、ネパール「Art-Full アート湧くはけの森」はけの森美術館、東京
2008 「天から地から」Art-Full 2 はけの森美術館、東京
2011 「Landscape Encounters」個展 日本橋高島屋画廊X、東京「虚舟」グループ展 川崎市岡本太郎美術館、作品とワークショップ、川崎市
2012 J.Cage 誕生100年記念「Four Walls」(1944)上演。ソウル国立劇場ダンス SinCha Hongピアノ 多田正美 照明 曽我傑 (同曲公演の韓国内ツアー 上演15回、 インド国内ツアー2014、アジアトライ・シアターχ、東京 2015)
2014 ピアニッシモのテロリズム、舞踏/武内靖彦、大森政秀、上杉満代、演奏/曽我傑、多田正美 /中野テレプシコール
2016 4/8〜5/1 個展「音は痛みー写真は物語」双ギャラリー、東京
2017 5/11〜6/25 個展・二十四節気「早咲き桜」/GAPによる即興 Live 4回 双ギャラリー 上杉満代 舞踏公演「白鳥の湖」ダンスが見たい/パフォーマンス出演。d-倉庫 アジアトライAKITA 千秋芸術祭2017・2018・2019、パフォーマンス参加 /秋田市
2018 7/7〜8/5 個展・七十二候から(地面から)GAPから/展示とLive 5回、双ギャラリー
2020 11/13〜12/13 個展・七十二候/土と空の狭間にであう Liveネット配信2回、双ギャラリー 作品コレクション
2002 東京都写真美術館 《花馬》
2003 清里現代美術館 樹/365日365枚「とりとひと」タカハシ・コレクション
2008 小金井市立はけの森美術館
2010 伊勢原市市民会館(モニュメント) / 良い風 響く空
2012 川崎市生田緑地プラネタリウム (モニュメント) / 雲・空・音・竹・人間
2019 寒川町アリーナ(モニュメント) / 見えるもの 見えないもの すべて
◆ 刊行物 、その他
▪️LP
「イースト・バイオニック・シンフォニア」 ALMレコード, 1976
「GAP」 ALMレコード, 1977
「心-KOKORO」双ギャラリー, 1998
「INSTAL.Glasgow 2008」Marginal Consort LP-4枚組, ドイツPAN 2013

▪️CD
「KU」,「存」,「音」,「無」, 「異」,「地」, 1991-2001

▪️DVD
「真面目なサーカス」双ギャラリー
「河内音頭で美術をKill」Ufer!Art Documentary
「techno therapy Special Night」 Ufer!Art Documentary

▪️刊行物
「写即音興」写真集+音CD 青幻舎, 2005
「風景は写真か」写真集+エッセイ 求龍堂, 2012

▪️作品パブリック収蔵
東京都写真美術館、清里現代美術館、小金井はけの森美術館、高橋コレクション

▪️野外モニュメント
「良い風 響く空」伊勢原市民会館, 2010
「雲・空・音・竹・人間」川崎市生田緑地内, 2012
「見えるもの 見えないもの すべて」寒川町総合体育館, 2019

Official site

※お願い
原始感覚美術祭は、伝統的な祭のやり方に則り、儀式としての即興性を重んじます。プログラムの急な変更などが起こることがございますので、あらかじめご了承ください。


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信濃公堂(信濃木崎夏期大学)